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選べなければそれでよいのか

horse and snake: 言葉狩り-ATOKよお前もか

 うちのは1つ前のATOK16ですが、これもやはり「きちがい」だと
そのままでは変換しません。区切りを変更すると変換は可能ですが
単語として登録がない(「気」と「違い」など)感じです。

 確かに、差別的と思われる単語や表現、というのは存在します。
実際、よほどでない限り使う必要ないだろ、と言う物もあるのも事実です。
ですが、だからといって「差別的」とされる単語を単純に排除して
いったら「差別」って無くなるのでしょうか?

 極論ですが、「差別的な表現」そのものにはよほどでない限りなんの
意味も持たないと思います。問題なのはその単語なり表現を「差別的な」
意志なり意図を持って使う事であり、そんな事をする人そのものです。

 本当に必要だと思う事。そんな言葉が世の中にある(あった、と言いたい
物ですが。)事をきちんと教える事。そしてそれを使う事がどんな意味を
持つのか。「差別」というものの意味は何なのか。なぜ、そんな事をしたら
いけないのか。

 そんな事をきちんと理解する事。その方がよほど必要だと思います。
言葉なんて、他の物作られたらどっちにしろおしまいですぜ。

 知っているからこそ、言葉を選ぶ事は出来ると思います。
何も知らずに使った言葉が相手を傷つける。それはきっと使われた
方だけでなく、使った側にだって不幸なはずだ。

 そんな事を考えます。

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Comments

>「差別的」とされる単語を単純に排除して
いったら「差別」って無くなるのでしょうか?

差別がなくなるか?といった論点以前の問題として...

差別用語という「差別のための言葉があるかの様な規定」をして、
「差別者が差別のためにその言葉を流用した」といった事柄にて
ある言葉の使用を禁じるというのは、本末転倒であり、言葉を
殺すこと、ひいてはあらゆる言葉が禁じられることになります。
こういった愚かな事が、言葉を狩りには含まれておりますね。
「あらゆる言葉」という文節も「あらゆる」=「全部であるこ
との肯定もしくは前提」=「欠損があるとだめという差別」、
「言葉」=「ろうあの否定」みたいなことね。そして、そう
いった極端な使い方をされたら、その言葉は使うべきではない
といった言葉狩りを行う輩の主張は、ふざけた結論になります。

Posted by: | 2004.12.10 at 19:13


 竹林野 七輪 さん:

 コメントありがとうございました。
私の場合逆に友人にはここの存在を伝えていません。
(その分気楽なものです。(^^;))

 言葉そのものには罪はない(差別的意志を持って
使う人が悪い)のになぁ、なんて事を
言葉狩りを声高に主張する人を見かけると考えて
しまいます。

 仕事などでは全く無い、単なる趣味の駄文ですが、
それでもこんな形で文章を書く事に興味を持つもの
として、感じています。

Posted by: G.Leader | 2004.06.01 at 13:44

トラックバックありがとうございました。
(友人以外からは初めてです)
同感です。表面的に単語を駆逐できたとしても、差別を駆逐したことにはならないと思います。放送や報道で使う使わないは、一つの基準であり、すべての人が強制されるべきものではないと考えます。

Posted by: 竹林野 七輪 | 2004.05.31 at 18:19

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